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私はついつい人間の一部の行動を「原始的」だと形容し、人間の動物性を必要以上に主張しがちなのですが、ここには大きな誤謬があると気付きました。

特に人間の行動のうち一般的な道徳律に反すると考えられる行為について語る場合は。
残虐性、エロティシズム、侵犯などなど。

というのも動物には死の意識、感覚があるか疑わしいからです。本能で死を回避することがあっても人間のように死に聖性を感じているとは考えにくい。

また逆に動物は人間のように死体に嫌悪感や穢れを感じることもないでしょう。

これらの死(死体)に対する意識の差が何に影響するか、それはやはりエロティシズムです。エロティシズムは残虐性や侵犯をも内包し、かつ死の聖性をもっとも反映すると考えられるからです。

そして聖性というからには、エロティシズムは、人間の死の感覚を基軸に宗教と本質的に同じ様相を帯びてきます。

ホント面白いですね。人間の非理性的なものの探求は。



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「人はなぜ殺すか~狩猟仮説と動物観の文明史~」(マットカートミル著、新曜社)
以前読んだものですが、印象に残っていることをメモしておきます。

・狩猟仮説
元来人類の祖先は森林地帯で肉食に頼らず生活をしていた。しかし、ある時期に二足歩行を身につけ、森林から草原に生活の場を変えた。その結果人類の祖先は草原にいる動物を捕食するようになった。狩猟の起源である。狩猟の誕生は、人類をより効率的なハンターにするために、集団内での協調やチームプレイを強いた。こうして脳の働きを活発化させることで、人類は飛躍的に進歩した。だが同時にそれは人類をより効率的なハンター、つまり優れた捕食者にすることで、人間に冷酷さや攻撃性を与えるきっかけになった。そして、それらこそが結果的に今の人間の暴力性、残虐性の原型である、という説。

簡単にいうと今の人類の暴力性の起源は狩猟に認められる、という説。

・狩猟の意味の変遷

・雌鹿のイメージ
ギリシア・ローマ時代は臆病者の象徴。しかし次第に、それは性欲の対象の象徴or恋愛のメタファーに変化した。

・狩猟と強姦
「捉えられるのを避けることに必死になった生命に対する唯一の反応はそれを捕まえようとすること」(byオルテガ、多分)
→狩猟の内的構造は強姦と同じ?or狩猟は強姦の象徴?

・狩猟はカニバリズム?
人間と自然を分かつ境界線がなくなると・・
「シャーマニズムの精神人類学 癒しと超越のテクノロジー」(ロジャー・ウォルシュ著、春秋社)のまとめです。

正直面白くないです。同じような内容の繰り返しが多く退屈しました。だからまとめも途中までです。

・シャーマニズムは精神病?
伝統的な見解ではシャーマニズムは分裂病やヒステリー、てんかんの一種と考えられていたそうです。トランスパーソナル心理学者の筆者はそれらに対して「断定はできない。」として反論します。筆者は医学博士でもありますのでこの辺りの話はかなり具体的です。(だから素人は退屈する。)

・シャーマニズムの定義とその特徴
①シャーマンは自発的に変性意識状態に入ることができる。
②そうした状態の下で異界への「旅」を体験する。
③そうした旅を、知識や力を手に入れ、共同体の人々を助けるための手段として利用する。
④霊との交流を行う。
⑤日常的には隠されたリアリティと接触する。

またシャーマニズムは価値観や教義よりも、その実践法や体験の方に焦点をあてたもの→宗教ではなく宗教的伝統というべきもの。しかもシャーマンの個人的体験が非常に強調される。

・起源 ―人間の本質から考えて―(実はここら辺が本書の肝です。)
シャーマニズムは世界最古の伝統の一つだが、正確な起源は分からない。
また世界中に広範に分布しているにもかかわらず、シャーマンには著しい共通性がある。→その共通性はどこから来たのか?

・それぞれの場所で自然に生まれた。→そこには人類が本来的に共有している傾向性ないしは周期的な社会ニーズがあった。

・そうではなくて共通性は同じ祖先をもつ人々の移住や分散によって生じた。→言語や社会的慣習の変化を考慮すると移住だけで説明は難しい。

⇒一つ目の考察のほうが理にかなっている。
社会的な力と人間の本来的能力が反復的に結びついたことでシャーマニズムは維持されてきた。

具体的に説明すると・・
・人間には本来的に超越したものや霊的なものを求める欲求が備わっている。
→心理学的にみてもそれらは人間に「癒し」を与える。

・一方長い歴史の中で人間は自然発生的に覚醒夢、体外離脱体験、臨死体験(死と再生の体験)などと遭遇してきた。さらに向精神性植物(cf.LSD)や原始的なドラム音などにより変性意識状態に。
→人間は本来的能力としてトランス状態に入り、超越的なものを獲得できる。

・とはいえ全ての人間がうまく「覚醒」できるわけではない。同時に古代の集団においては「覚醒」した聖者たる人間が集団全体のために必要。(異界へ「旅」をして悪霊と話をつけたり、神の怒りを静めるため。)
→こういったことがシャーマンという特別な存在に対する社会的需要に。

上記の三つがむすびつきシャーマンを各地で自然発生させた。そしてそれらは人間に共通する根源的な傾向性と社会需要に基づいているので、各地のシャーマンは共通性をもちながら維持されてきた。

※最後に・・
「超越的なものって何?」という質問に対して

「天国はあなたの内にある。」とだけ言っておきます。
前回の続きです。
・インセストの神話理論―通説―
神話分析におけるインセストは秩序を混乱させる行為として厳しく弾劾される一方で、秩序それ自体やそれに不可欠な要素の原動力となっている。→コスモスを成立させるための根源的力としてのインセスト、ここではインセスト(自然)~インセストタブー(文化)への一方的な移行が想定されている。

・インセストの神話理論―通説への批判から―
インセストを禁止しながらもそれ自体別の水準ではインセストでしかないのが婚姻で、禁止したものを再召喚するのが、インセスト忌避における人間と霊長類の違いである。
→自然~文化への一方的な移行というのは安直!

・インセストにおける時間概念
ex1.オイディプス神話
実の父を殺し、実の母と交わったオイディプスは一方的な移行の時間軸に身をおいていない
→母を妻にすることで彼は父と同じ立場に(三本足の人間、ちなみに父ライオスは殺害された時杖をついていた)自分の子たちと母を同じくしていることで自分の子供達の立場に(四本足の人間)、そして自身は二本足の人間であるといえる
→隣接世代の同一化

ex2.ニューギニアのイクワイェ
男は自分の息子を「チチ」と呼ぶ。男の息子は男の父と同じだと考えるからである。一方男は自分の父も「チチ」と呼ぶ。つまり親子三代が互いを「チチ」と呼び合うことに。
→互隔世代の同一化(世代という時間の流れは絶えず反転・循環しているといえる)

イクワイェは隣接世代の同一化を忌避するからオイディプス神話と同一ではない。しかしインセストタブー以降に同一化現象が見られることは、反転・循環するインセスト時間が、隣接世代の同一化の禁止のもとで世代という時間の流れに内包されているといえる。


・ウェスターマークの仮説
幼少の頃からきわめて親密に育った人々の間に性交に対する生得的な嫌悪が存在する
台湾のシンプアの研究
・マードックの調査
250の集団で近親性交の調査→禁じられている社会がほとんどで許されている社会などない、罰則は死罪or追放が多い
・メイト・アウト(交尾回避)
思春期に達した雄や雌が自分の生まれた集団から離脱すること
交尾回避がメイト・アウトを引き起こすという説
・(インセスト)回避から規範
雄(父)が雌(娘)と性的な親和性とは異質な親和性を結ぶことで「父性」がうまれた、また「自分の娘で他人の妻」といった複合的な男女関係が可能になった→他集団との共存に
・母方交差イトコ婚、父方平行イトコ婚
・身内とよそ者、分節
タブー以前に予め近親者や身内の範囲、境界が固定されているのではない、むしろタブーが近親者とよそ者を分節する
・いかなる婚姻もインセスト byレヴィ
婚姻は「教える―学ぶ」関係にある「他者」とではなく共同体の「同一者」や「身内」となされる
・「真の内婚」byレヴィ、トーテム分類法
婚姻の可能性を人間共同体の境界外に求めることの拒否、ここで「人間共同体」とは?→トーテム分類法では人間と動物が祖先、子孫、配偶者の関係になり「同一者」となる、から
・ヴェズの婚姻理論
ヴェズの人々は自分を基点として父系、母系問わずに双方に系譜関係を広げてえられる親戚の数を自慢する
「人々はみんな同じ一族であるが、結婚が彼らを分かつ」→族外婚が成立するように「差異」を作るのが結婚になる

。。。今日は以上。

  
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